うずめアーカイブ その4「牡鹿王」前編

→English page

作:カルロ・ゴッツィ(伊)
上演時期:2001年4-5月
於:北九州市門司区 門司港ホテル海側テラス
執筆担当:藤澤友
執筆時期:2016年10月

2001年のゴールデンウィーク、観光地として有名な門司港レトロ中心部にそびえる門司港ホテルのふもとに、木造の野外舞台を設置して、十日間に渡り上演された。述べ1200人を集め、期間中には門司港レトロフェスタの花火が重なったこともあって、終始、野外テラス周辺の空気は賑やかで楽しい雰囲気に包まれていた。これは、門司港ホテルの全面的な協力、厚意の賜物であった。

イタリアの古典喜劇、コメディア・デ・ラルテの代表的な作家であるカルロ・ゴッツィの作。コメディア・デ・ラルテは、日本では狂言に重ねると一番想像しやすい。仮面劇で、喜劇である点。登場人物の名前が、複数の作品で特定の役割を指す共通の記号となっている点。一見、安直な大衆的笑いの中に、権威に対する風刺が潜んでいる点など、共通点と言える要素が多い。
仮面劇は、テレビや映画に慣らされた現代日本人が走りがちな、表情に偏った演技(顔芸)を完全に封じてしまう。俳優たちは、自分の身体を道具とみなしてそれを巧みに操作し、状況や関係性を、遠く離れた観衆にも届くように明確に描写して見せなければならない。普段使わない身体、仮面ならではの表現に、戸惑い、四苦八苦しながらも、発見することの多い体験だった。

振り返ると、その後のうずめ劇場のカラーを言い表す要素のうち二つが、この「牡鹿王」から始まったように思う。即ち「あまり知られていない海外の戯曲を国内に紹介」、「特定の”スタイル”に固執しない、毎回異なる劇空間の創造」である。

<海外の戯曲を紹介する劇団>

それまでにも、「星の王子様」(テグジュベリ)、「王女メディア」(エウリピデス)、また主催は異なるが「ゴドーを待ちながら」(ベケット)を上演しており、海外の戯曲ではある。しかし、いずれも日本演劇界内外で、ある程度知られた存在であり、一般の劇団による公演も複数行われているものだ。「牡鹿王」(原題「IL RE CERVO」)は、そもそも「鹿の王」として訳されていたものを、演出と団員で話し合って変更したところから始めた記憶がある。良く言えば自由度の高い状態からのスタートだった。(今にして思えば、「鹿の王」にしておけばよかったかな! 上橋菜穂子に先駆けて!!)

海外の戯曲を扱う場合、大抵言われるのが、言葉遣いの問題だ。翻訳・出版している先生方は、いわゆるプロの脚本家ではなく、文学の研究者だから、読んで「なるほど」という表現でも、舞台上で俳優が発する言葉としては不適切だということもあるようだ。加えて、うずめ劇場の場合、ゲスナーがヨーロッパ人であることから、実際にそのセリフが発せられた時のリズム、印象、描き出される状況や関係性が再現されないとして、彼が不服に思う部分を直していくことがどうしても必要なのだ。

これは「牡鹿王」とは関係ないが、分かり易いよう具体例を出しておく。
例えば、原文を正しく訳せば、
「やあ、君はなにをそんなにあっちこっちとうろうろ、行ったり来たりしているんだい?」
となるセリフを、
「何してる」とか「おい、どうした」とか「うろうろするな!」とかいうセリフに変える必要が、あるのかないのか、いちいちいちいち検討していくのである。

ゲスナーは、「ゴドーを待ちながら」の時にそのあたりの”発見”に目覚めたようだが、ともあれ、この苦労(苦悩)は、ここから先、延々とうずめ劇場について回ることになった。

しかし、ゲスナーは日本語のセリフを読むことが難しい。ただ読んで聞かせたところで、「意味は分かるが、状況がつかめない」となる。そのため、俳優たちが実際に彼の前で演じて見せて、彼が知っている通りの状況が生まれるかどうか、リズムが崩れていないかどうか、確かめる必要があった。我々は(ゲストも)、とりあえず、日本語に訳されている通りのセリフで芝居してみて、彼に示す。そして、「なぜ、たったこれだけの単語が並んでいるだけのセリフに、そんなに時間がかかるのか」とか「今のシーンは、これこれという状況が生まれるところだが、それは日本人の目から見てそうなっているだろうか?」とか、やるのだ。そしてダメだとなったらセリフに手を入れる。
舞台上が、見せたいものを見せているかがすべてだった。

後半へ続く